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【2024年 最新版】ルポ横浜・黄金町。かつての赤線地帯に住むということ。

2024年1月12日。

大岡川が緩やかに流れる神奈川県横浜市黄金町の薬局で凄惨な事件が起こった。NHKが報じた記事によると京急本線黄金町駅近くの薬局で「男性がうつぶせで倒れている」と通報があった。警察が駆けつけると店内で50代くらいの男性が胸に刃物が刺さった状態で死亡しているのが発見された。警察は遺体の状況から殺人、自殺の両面で捜査を進めている。<NHKニュースより>

エピローグ

「ここはね、凄く利便性が高いんですよ。ほら、横浜駅まで5、6分で行けちゃう」

横浜駅近くの不動産屋を訪れた私はデップリと腹に脂物を溜めた営業マンから黄金町の築浅マンションをオススメされた。不動産屋を訪れた日、外は青空が広がり、青々とした太平洋に陽光が差していた。営業マンの運転する社用車で大岡川を渡り、目的のマンションに着いた。駅から歩いて数分のところにコンビニ型スーパーがあり、近くには活気ある商店街があると説明された。日当たりも良く、割と気に入ったことを憶えている。

結局、色んな物件を見た上で黄金町のマンションにすることを決めた。不動産営業マンは黄金町を説明する際に過去の歴史は一切口にせず、マンション周辺の住環境の良さをアピールするに終始した。私も特に気にするような不便さは感じなかったので、ほとんど即決だった。

数日後、荷物を搬入し終えた私は友人と連絡を取り合い、近くの居酒屋で乾杯した。友人は横浜市出身だったこともあり、私が黄金町エリアにマンションを借りたことを伝えると「嘘だろ?あんなところに住むのか」と絶句した。いま思えば、私は田舎から出てきた無頓着なカモだったのかも知れない。

それから私は3年に渡って黄金町で過ごした。今回はその3年間の記憶を書いていこうと思う。ここで過ごした3年という月日は驚きの連続だった。刺激的なことから、他の街では感じ得ない空気感が漂う。

冒頭に黄金町で起こった事件を書いた。昔から横浜で暮らす人にとっては「またあの辺か」と思われるかも知れない。しかしながら私が見た景色は、過去の思い出したくもない歴史から脱却しようともがく人たちが作り上げた新たな黄金町だった。

黄金町とは

神奈川県横浜市。住みたい街ランキングで常に上位にランクインするこの街は一括りに横浜と言えど、そのイメージを形成する大半は「みなとみらい21」に代表される湾岸エリアである。確かに湾岸エリアには港町らしく洋風の建屋が並び、瀟洒なお店も多い。ただしひとたび歩けば景色は一変する。もともと山が多い横浜には至る所に急坂があり、信じられない急峻な場所に家を建てているケースがある。無理して数十段の階段を登って、他県に行った際に「横浜住みです」などと言うのである。

黄金町は神奈川県横浜市中区と南区にまたがる場所にある。先述したような急峻なエリアもあるが、基本的には山と川の間にある平地だ。横浜港に注がれる大岡川の間を縫うようにして京浜急行電鉄の高架が通り、周囲は閑静な住宅街が拡がる。一口に黄金町と言っても法的な範囲と一般に黄金町と言われるエリアには若干の乖離がある。本記事では伊勢佐木モールのある伊勢佐木町や東日本最大の風俗街である曙町までも拡げた広義での黄金町ということで進めていく。

黄金町は全国の人が想像する横浜たらしめるみなとみらい地区(桜木町・関内)からも歩いていける距離にあり、街のどこからでもランドマークタワーを見ることが出来る。神奈川県最大のターミナル駅である横浜駅にも京急線で5、6分で、近くには横浜市営地下鉄の駅もあるため立地としては抜群に良い。春になると大岡川に沿って桜が次々と咲き出し、来る人を魅了している。また毎年4月には「大岡川桜クルーズ」なる船まで出航しているのだ。

黄金町は「地獄」

出典:Wikipediaより

先ほど紹介した通り、黄金町は横浜市の中でも中心地に近く、様々な見どころがある。少し歩けば横浜DeNAベイスターズが本拠地にする横浜スタジアム、個性豊かな中華料理が並ぶ横浜中華街があり、これまた少し歩けば桜木町やみなとみらい、野毛などの文化的な場所へ容易にアクセスできる。普段の買い物にも困ることはない。関内駅に向かって伸びる伊勢佐木モールにはスーパーからドンキホーテ、牛丼チェーンなどがあり、黄金町から歩いて10分ほどの距離にはかつての笑点・司会者の桂歌丸氏が愛した横浜橋商店街がある。

これだけ見れば住んでみても面白い街である。しかしながら過去の歴史は現在の街並みとは想像も付かないほど惨い状況だった。
当時を回想するのに適しているのが黒澤明監督の『天国と地獄』である。同作は1963年に東宝から封切りされた邦画で、三船敏郎・仲代達也・香川京子など当時を代表するスターたちが出演した。映画のあらすじは下記を参照したい。

エド・マクベインの原作を得て、黒澤明監督が映画化した全編息づまるサスペンス。製靴会社の専務権藤の息子と間違えられて、運転手の息子が誘拐された。要求された身代金は三千万円。苦悩の末、権藤は運転手のために全財産を投げ出して三千万円を犯人に受け渡し、無事子供を救出する。非凡な知能犯の真の目的とは。鉄橋を利用した現金受け渡しのシーンは秀逸で、実際にこれを模倣した誘拐事件が発生した。また白黒作品であるにもかかわらず、最も重要なシーンで一個所のみ着色を施すなど新たな演出も印象深い。

映画.com

映画に出てくる横浜の製靴会社の家は横浜市西区にあり、高級住宅街ではないものの治安の良い場所として「天国と地獄」で言うところの「天国」として登場する。一方で天国と対になる言葉である「地獄」と散々な言われようをするのが黄金町である。戦後まもなく京急線の高架下にバラック小屋の住居が集まり、飲食店などが営まれた。しかしながら次第に様子は変わっていく。店の中から女性を客が取り、性的な行為を伴う「ちょんの間」が横行した。黄金町から横浜駅方面に一つ進んだ場所にある日ノ出町駅までの高架下にはバラック小屋がズラリと並び、ちょんの間は赤線・青線街に成長していった。普通の飲食店もいつしか違法な店舗へと浸潤していくかのように飲み込まれた。

それと同時期。時を同じくして黄金町ではヘロインやヒロポンといった違法薬物も出回るようになった。違法薬物を売り捌く売人同士の縄張り争いに発展するまでに至り、危険地帯の様相を強めていった。売春防止法の制定により赤線地帯は一旦の落ち着きを見せたが、違法薬物は隆盛を極めた。違法薬物を求め黄金町を訪れた中毒者ら200人が路上で阿鼻叫喚した。まさに地獄絵図である。

アメリカにも違法薬物中毒者が集まる「ドラッグ・タウン」があるが、それに近いような状況が黄金町にもあったのだろう。現代のドラッグ・タウンと名高いアメリカ・フィラデルフィアのケンジントン通りの動画は下記のAbemaを参考にすると良い。

とにかく黄金町は危険だと言われるほどに治安が悪化した。最盛期には270を超える違法風俗店の温床にもなった街は時代と共に姿形を変え、法の眼を掻い潜ってきた。
こうした歴史を知っている横浜市民の多くは「黄金町には近づかないほうがいい」と言う思考回路になってしまったわけである。

黄金町の空気感

以前にも弊サイトでは黄金町について言及したことがあるので、そちらの記事も参照していただきたいが、ここからは私が過ごした令和の時代になった黄金町の真実をお伝えしたいと思う。

大好評jの黄金町ガチレポートはこちら

まず真っ先に語らねばならないのは黄金町の独特な雰囲気である。駅の目の前には新しく建てられた単身者・ファミリーマンションに混じって古めかしい雑居ビルがある。これらの1階にはパチンコ屋や中華系の料理店が入っている。一度も足を踏み入れたことはないが、駅前のパチンコ屋はビルの老朽化に伴い閉店したようだ。

こうした新しい建物と古い建物が歪に交わっていることもあるのか、黄金町はなんとも言えない空気を纏っている。例えば私は仕事柄多くの場所に出掛けるが、どの街とも似つかない、ねっとりしたものが纏わりついているような気がするのだ。決して治安が悪いわけではない。後述するように黄金町では過去の歴史を払拭するための工夫が多数なされたこともあり、今は他地区とそう変わらないほどに犯罪率は減っている。とは言え古き悪き時代の面影を残しているビルが変わろうとする黄金町を阻むように建っている。それが独特な空気感を発しているかは分からないが、そんな気がするのだ。

外国人の多さ

黄金町には色んな人がいる。主には中華系・東南アジア系だが、まれに極東系の人も見かける。黄金町から歩いて数分の距離には東日本最大の風俗街である曙町があり、若い女性が夜な夜な歩いているのもよく見かけたものだ。彼ら・彼女らが粗暴な態度を取っているかと言われればそんなことはない。たまに危ない自転車の乗り方をしている人はいるが、そんなものは日本人も同じである。しかしながら他の街に比べて外国人がやたら多いのは特筆すべきところだ。

街に出ると中華料理店が軒を連ね、歩く人々の言語は多種多様である。時間帯によっては日本人を探すほうが難しい。

奇行

私が黄金町に住んで最も恐怖を覚えた瞬間が何度かある。私が会社から家路につく途上、野球のバッドを持った男が歩いていた。近くには公園もないのに、である。男はバッドを右手に持ち、文字通りグワングワンとフルスイングした。空気の摩擦で生じるその音に恐怖を感じた。何かされたことがあるわけでもないのだが、そんな人はこれまで住んだ街では見掛けなかったので思わず思い出した。また一度だけ大喧嘩を見たこともあった。伊勢佐木モール近くのコンビニで大男たちが怒声を浴びせあっていた。付近には交番もあるような場所だ。ネット上でも多少騒ぎになったので深く記憶に残っている。血気盛んな人種もいるもんだなと思っていた。その頃には私も黄金町耐性がついていたからか、そんなふうに思う余裕すら生まれていた。

もう一つは平日昼間の出来事だった。その日私は休日出勤分の代休で、昼前にシャワーを浴びて外に出た。近くのラーメン屋にでも行ってラーメンを啜ろうと思っていた。交差点の近くに立った時、向かいで信号を待つ初老の男性が突然何かを叫び出した。何て言っているかは聞き取れない。目まぐるしく車が行き来する向かい側の男性はずっと何かブツブツと唱えている。お経のようにも奇声にも聞こえるそれは不気味さを醸している。信号が変わり、ちょうど横断歩道の真ん中あたりで男性とすれ違った瞬間。男性の左拳が僕の前に出された。咄嗟の出来事に狼狽したが、あらかじめやばそうな人として自分の中で保険を掛けていたものだから特に気にすることなくその場をやり過ごした。男性はその後も女性や子どもに対しても同じように拳を突き上げては驚かしていった。どこかのゴミ箱で拾ってきたかのようなボロいTシャツとところどころに白髪が混じった長い髪を湛えて。

拭えない歴史

私が暮らした3年間の間で身の危険を感じたことは一度もなかった。目付きが明らかに正気ではない人や異常に爆音奏でる外車を乗り回す人などは見掛けたが、それでも別に危害を加えるようなことはなかった。それでも黄金町を忌み嫌う人は多いのが事実だ。

私が黄金町から去った年、2件の大きな事件が起こった。そのうちの一つが冒頭の事件である。朝方に薬局を訪れた客が店中で倒れた男性を見つけた。男性には刃物が刺さっており、その場で死亡が確認された。もう一つは黄金町からも程近い距離にある若葉町で起こったタイ料理屋の殺人事件である。詳しくはニュースを参照されたいが、さほど時間差がなくこの2件の事件は起こった。私は運が良かっただけなのかも知れない。思わずニュースを見た時に思ったことである。幸いにも命からがら、ということは経験がなく、3年間を過ごし終えた。だが、危険因子はいつも街に転がっていたのだ。良くコンビニのトイレを貸し出さないエリアは治安が悪いと言う。確かに伊勢佐木モールのドンキホーテや付近のコンビニも夜帯になると軒並みトイレを封鎖している。やはり治安は良くないのか。そんなことを考えた。

黄金町レポートはこちら

黄金町を生まれ変わらせる。

インターネット上には黄金町に関する記事や動画がいくつか上がっている。その多くは過去の歴史に関するものがほとんどである。かくいう私も以前に執筆した記事はそんな内容だ。だが、その記事でも書いたが黄金町はいま生まれ変わろうとしている。かつて赤線地帯だった京急線の高架下はアーティストたちのアトリエになったり、大岡川を望むカフェテリアになっている。もともとロケーションは悪くないのだ。

夜になると狭小な小屋には色とりどりの飲食店が並び、連日連夜楽しげな声が聞こえてくる。黄金町から歩いて15分ほどの距離に横浜最大の飲み屋街・野毛もあるため、活気が伝染してきているような感じもしなくはない。

ただし夜にこのエリアを歩くのは少々不気味である。明かりが灯る場所以外は漆黒の闇である。辺り数センチを照らす街灯は心許なく、どこか東南アジアの裏通りを思わせる。今でも川向いにはファミリーマンションに混じってラブホテルや風俗店があり、薄暗がりの中にはコインランドリーや簡易宿のようなものも残っている。女性1人で暮らすにはまだまだ不安が残る街なのだ。

プロローグ

私は新入社員から数えて3年間、この黄金町に住んだ。私はこの街が好きだった。少し歩けば色んな場所にアクセスできるし、異国情緒溢れる街並みも人も嫌いにはなれない。様々な店を開拓し、お気に入りのラーメン屋や書店、スーパーも見つけた。それなりに楽しめる街だ。ただ今まで過ごしたどの街よりも独特な雰囲気を持っており、人を選ぶ街とも言える。3年間の間にも近くで事件は起こっていただろうし、必ずしも安全とは言えない環境だったかも知れない。

しかし当時の面影を残す空気感は拭いきれない。確かにそこには他所の街には見せられないような場所や人が存在した。ヤフーニュースに「黄金町で殺人事件」と書いてあったのを見た瞬間に私は思わずニュース下部にあるコメント欄を開いた。そこには『またあの街か』や『あの街に近づいてはいけない』などと書かれていた。無機質なコメント欄に書き込まれる無数の言葉は、あの歴史を払拭しようと動き出した人たちを嘲笑うかのようだった。

私は黄金町から引越し、また新しい生活を始めた。周りは喧騒とは無縁の緑豊かなエリア。近くにはショッピングモールがあり、休日になれば家族連れがこぞって数百台分はあろう駐車スペースを埋めていく。そこには黄金町とは違う空気が漂っていた。

黄金町に関する情報

・黄金町バザール:毎年秋に開催されるアートフェス
・初黄町花見会はこちら
・大岡川プロムナード
・黄金町周辺の治安情報はこちら
・黄金町周辺の物件情報はこちら
・黄金町周辺の飲食店はこちら

注釈

※本記事は一部プライバシーを守るため脚色している部分がありますが、話の内容に影響があるものではありません。
※2024年現在の黄金町周辺(中区・南区)の治安は改善傾向にあり、横浜市の他区と比較しても取り立てて高いものではありません。
※2024年現在、黄金町にはファミリーマンションを含む数多くのマンションが建設されています。横浜駅や羽田空港にも乗り換えなしで行けることがポジティブに受け取られ、人気は出始めています。
その他、詳しい情報については以前に投稿した記事を参照していただけると幸いです。

参考文献

・NHKニュース
・Wikipedia
・神奈川県警察ホームページ
・映画ドットコム

  • この記事を書いた人

Shumoty

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